大型プロダクションの閉幕と英演劇界の試行錯誤 (LONDON)

OUTLINE【2022.07.22】

 

 2022年5月末、ウエストエンドで上演中の『ディア・エヴァン・ハンセン』が10月22日に閉幕するというニュースが流れてきた。2019年10月末にプレビューが始まったので、上演期間は約3年ということになるが、実際のところは2020年3月中旬から2021年10月末までの期間はコロナ禍で中断していたので、ヒット作にしてはあまりに短いという印象を受ける。その後も『カム・フロム・アウェイ』や『メリー・ポピンズ』など、人気の大型ミュージカルが閉幕の日程を発表。双方とも2023年1月初旬にその幕を下ろすことになった。もちろん、予定通りというケースもあると思うが(『メリー・ポピンズ』はプロデューサーであるキャメロン・マッキントッシュが、コロナ禍により上演期間が延びたと語っている)、コロナ禍による影響は無視できないだろう。

 閉幕と言えば演劇ファンのみならず、当事者をも大いに驚かせたのが『アンドリュー・ロイド・ウェバーのシンデレラ』(以下、『シンデレラ』)だ。5月初めに突如発表された閉幕については、主人公のシンデレラ役を演じるキャリー・ホープ・フレッチャー始めとするキャストにとっても寝耳に水のニュースで、なかには本人やエージェント宛てに送られてきたEメールで知ったという役者たちもいたという。また、現キャストから引き継ぐはずだった新キャストの一人が、閉幕をSNSで知り、今後1年間の契約が無に帰したと語って俳優の不安定な立場を訴えたこともあり、閉幕を明らかにする過程に非難が集まった。

 『シンデレラ』は劇評による評価が高く、ロングランが予想されていた。ただ、そこに至るまでの道のりは山あり谷ありで、コロナ禍のために上演が10カ月延期。観客の人数制限なしでプレビュー開始予定だったが、新型コロナウイルスの感染者数増加により人数制限のルールが課されたまま始まることに。また、開幕当日の開場数時間前にカンパニー内に陽性者が出て一定期間、公演を中止するなど、様々な困難にぶつかってきた。年末年始にオミクロン株の影響で感染者数が急増した際には、代役を立てて公演を継続させるプロダクションも多いなか、2021年12月末に2022年2月9日までの全公演の中止を決定するという、異例の動きを見せた。閉幕時には舞台上でロイド・ウェバーの声明が読み上げられたが、新作ミュージカルをコロナ禍の最中に開幕することは「犠牲の大きい間違い」だったかもしれないと示唆する内容だったという。

 2022年7月現在、以前と比べ公演中止の報は減ったが、公演関係者の陽性判明は後を絶たず、各カンパニーは日々、綱渡り状態で公演を行っている。2月から5月にかけてナショナル・シアター(NT)とチチェスター・フェスティバル劇場で順番に上演された、両劇場の共同制作による新作『アワ・ジェネレーション(Our Generation)』は、一部公演が中止に。また、キャストの陽性により、代役のみならず、作者のアレッキー・ブライスと演出のダニエル・エヴァンスまでもが舞台に立つ事態に陥った。ガーディアン紙の下記の記事によると、NTは11公演が中止となったことにより推定で10万ポンドの利益を失い、チチェスター・フェスティバル劇場は5公演中止により4万ポンドの損失が生じた。

 公演自体はもちろん、リハーサルにも支障は出ている。英中部レスターにあるカーブ劇場で上演されている新バージョンの『ビリー・エリオット・ザ・ミュージカル』は、複数のカンパニー・メンバーが陽性となったことでリハーサルに遅れが生じ、プレビュー開始日を遅らせている。

 劇場を閉鎖したまま運営し続けることも、代役を立てながら公演を続けることも、一日単位で公演を中止することも、劇場やカンパニー側にとっては経済的に非常に大きな痛手となっているだろうことは想像に難くない。考え得るあらゆる手段を使い、少しでもその痛手を軽くしようと真摯に取り組んでいるはずだ。しかし、そうした取り組みの一つと思われる動きが先日、大きな批判を受けた。ウエストエンドで上演されていた『コック』のチケット料金設定である。

 アンバサダーズ劇場で上演された同プロダクションは、ハリウッドでも活躍する人気俳優タロン・エジャトンと、人気TVドラマ・シリーズ『ブリジャートン家』で注目を集めるジョナサン・ベイリーが共演ということで、英国内外から多大なる関心が寄せられた。上演期間中にエジャトンが降板し、代役が役を引き継ぐなどトラブルに見舞われつつも公演が行われていたのだが、終盤になっていつの間にチケット料金が高騰。ストールズ(1階)席の一部の正規価格が400ポンド以上(プラス手数料)となっていたのだ。近年、チケット料金の高騰ぶりが指摘されるウエストエンドでも、最高額は多くて200ポンド台(唯一、Playhouse Theatreの『キャバレー』が300ポンドを超えて話題を呼んだ)。それが4人芝居で比較的シンプルな舞台美術のプロダクションにもかかわらず、急に2倍ほど膨れ上がったため、演劇関連メディアやファンを驚愕させた。プロデューサー側は「需要と供給のバランスに基づいて」この金額を設定したと説明したが、批判が寄せられた数日後にはまた大幅に料金を下げた。

 この「需要と供給のバランスに基づいて」価格を設定するシステムは「ダイナミック・プライシング」と言われる。米ブロードウェイでは珍しくないが、ウエストエンドではこれまで導入されていなかった。プロデューサー側としては、コロナ禍による経済的打撃をカバーするための方策の一つだったのかもしれない。問題は、コロナ禍による影響は演劇業界だけでなく、一般市民にも及んでいるということだ。コロナ禍に加えて光熱費の急騰などもあり、今後は一般市民がエンターテインメントに費やす金額を抑える傾向も現れるだろう。高額のチケットを購入できる層のみをターゲットにし続ければ、確実な売上が見込める名作や、人気俳優を配したプロダクションがより一層、増えることになるだろう。これら自体には全く問題はないが、新作が生まれる余地がなくなったり、観劇が一部の人たちにのみ可能な“贅沢”となる危険性がある。それは中長期的に見れば演劇業界の将来を狭めることにもつながるのではないだろうか。収まる気配のないコロナ禍で、英演劇界の暗中模索はまだまだ続きそうだ。(SM)

 

https://www.theguardian.com/stage/2022/jun/14/cancellations-costs-and-chaos-uk-theatres-grapple-with-rising-covid-cases

 

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