今年のトニー賞『ア・ストレンジ・ループ』と日本初演の『ビー・モア・チル』を手がけた演出家スティーヴン・ブラケット氏インタビュー

ブロードウェイで上演中の『ア・ストレンジ・ループ』のプレイビルと、日本で上演中の『ビー・モア・チル』パンフレット

【2022.08.09】

今年のトニー賞で演出賞を含む主要11部門にノミネートされ、ミュージカル作品賞・脚本賞を受賞してまさにブロードウェイの「顔」となった『ア・ストレンジ・ループ』。その演出を担ったスティーヴン・ブラケット氏は、受賞の余韻を味わう間もなく来日し、『ビー・モア・チル』の日本版初演に取り組んだ。ミュージカルの主役にはなりそうにないタイプの若者が主人公――という点でも『ア・ストレンジ・ループ』と共通点を持つ『ビー・モア・チル』。日本初演を直前に控えた東京の稽古場でブランケット氏は、実はそもそも「日本」を意識しながら創作したミュージカルであることを明かしてくれた。(ND)

――『ビー・モア・チル』と『ア・ストレンジ・ループ』については、ともに初期から創作にかかわられたそうですね。2作品は、ほぼ同時進行だったとか。

『ア・ストレンジ・ループ』は10年くらい、ずっと創り続けていて、その間に『ビー・モア・チル』が発生した、という感じです。両作品のワークショップが重なったことなどもありましたが、この仕事をしていると、そういうことはよく起こります。『ア・ストレンジ・ループ』は、プロデューサーも見つからないなか、自分たちで創っていた期間が非常に長かったんですが、『ビー・モア・チル』は、最初から作品上演を前提としたクリアな流れがあって、いわば高速道路に乗っているようなスムースな感覚がありました。

――2015年にニュージャージー州で上演された後、YouTubeなどインターネットでジワジワと話題になり、2017年にオフ・ブロードウェイで復活上演を遂げ、2019年ついにブロードウェイ入りという、これまでになかったタイプの上演歴ですね。

『ビー・モア・チル』は、SNSを通じてファンの間に認識が広がり、どんどん盛り上がって上演が復活するという、インターネットを使う強みが発揮された初めての(ブロードウェイ)作品と言うことができると思います。2015年の初演時には、ニューヨークでの上演を目指すも果たせず、「これで終わりかな」と思ったんですが、キャスト・アルバムをリリース後にそれが SNS でシェアされ始め、ダウンロード数が爆発的に増えて、一時は(破格の大ヒット・ミュージカル)『ハミルトン』に次ぐほどのトップ・チャートを飾るところまでゆくという〝クレイジー〟な状況が訪れました。ニューヨークでの上演がかなわなかったことを知ったファンのみなさんが、『ビー・モア・チル』が息を吹き返せるようにと、SNSで応援してくれたことが原動力になったのだと思っています。

スティーヴン・ブラケット氏

――SNSの活用は戦略ではなく、偶発的なことだったんですね。

「計画通りだよ」と言いたいところですが、まったくそうではなく、しいて言うなら「有機的に発展していった」のだと、私はとらえています。いろいろな要素が重なっているんですが、特にマイケル役のジョージ・サラザールは、もともとSNSでの情報発信に長けていて、劇中の 『Michael in the bathroom(バスルームのマイケル)』 について、自分が歌う映像をアップして反響を呼びました。作詞作曲のジョー・アイコニスも同じように SNS を使った発信がうまく、彼らの声や言葉が世界中を巡り、作品とその評判が育っていくことに貢献してここまできた、というのが実際のところです。

――特に若い人たちの支持が多かったそうで。

そう思います。多くの人がこの作品に興味を持ってくれたのは、『ディア・エヴァン・ハンセン』(2017年トニー賞7冠のミュージカル)と同じように思春期の若者の不安というテーマを、まったく異なる方法で表現しているところにあると思います。いま観客はこういうものを欲しているというタイミングを正しくとらえた結果、世界中でヒットすることができたのでしょう。そしてそのターゲットとなった観客の世代は、SNSなどの情報ツールを扱うことに長けていた、ということですね。

『ビー・モア・チル』スーパーコンピューター入りの錠剤“スクイップ”を擬人化した姿を演じた横山だいすけ  撮影:引地信彦

『ビー・モア・チル』は、ほんとに弾けるくらい楽しいショーになっていると思います。「自分には欠けているところがある」という誰もが抱く不安、人生において解決しなければと思う問題にフォーカスを当てて、楽しさに溢れた表現でそれを描いてみせるのです。自分の価値はどこにあるのか、ということを探す人々の旅の物語で、アメリカの話ではありますが、普遍的な内容です。私たちはその旅路を、弾けるような音と色とりどりの鮮やかなビジュアルで描くことにこだわり、同時に静かでソウルフルな場面もバランスよく配置することに努めて創り上げました。

――そうやってオリジナルを創り上げた演出家が来日し、一から日本版を創り上げる姿勢に感銘を覚えます。日本製のスーパーコンピューターが出てくる話ですから、日本との縁も浅くありませんよね。

今回の日本版は、私にとっては5つ目の『ビー・モア・チル』なんですが、日本という、言語も文化も異なる環境は初めてなこともあり、日々新たな経験とともに、共鳴する部分もたくさん見つけることができています。これは先入観かもしれませんが、私にはテクノロジー=日本というイメージがありまして、この作品を創り始めた当初は、みんなでよく「これを日本で上演できたらすごいよね」なんて話をしていたんですよ。だからいま私は、自分の頬をつねっている状態。夢じゃないかと思いながら毎日を過ごしています(笑)。実は創作初期の段階から、私のビジュアル・イメージは日本のストリート・カルチャーがベースになっていて、それを脚本家やデザイナーと共有していたんです。あくまでも、未だ見ぬ日本を想像するアメリカ人のフィルターを通した日本ですが、愛に溢れたオマージュとして、作品のテーマとともに、私たちが日本のカルチャーやテクノロジーをこういう目で見たのだということを、楽しんでいただけたらうれしいです。

通訳:土器屋利行

スティーヴン・ブラケット  プロフィール(『ビー・モア・チル』日本公演プログラムより転載)
Stephen Brackett [Director]
主な作品に、ブロードウェイ:『A Strange Loop』(ライシアム劇場/トニー賞演出賞ノミネート)、『ビー・モア・チル』(ライシアム劇場)、『盗まれた雷撃 パーシー・ジャクソン ミュージカル』(ロングエーカー劇場)、オフ・ブロードウェイ:『To My Girls』(セカンド・ステージ劇場)、『A Strange Loop』(プレイライツ・ホライゾンズ、ページ73、ウーリー・マンモス劇場/オビー賞およびドラマ・デスク賞受賞)、『盗まれた雷撃 パーシー・ジャクソン ミュージカル』(シアターワークスUSA、全米ツアー)、『Buyer & Cellar』(ラトルスティック劇場、バロウ・ストリート劇場、全米ツアー、メニエール・チョコレート・ファクトリー)、『Be A Good Little Widow』(アルス・ノヴァ)、地方劇場:『AD 16』(オルニー劇場)、『Fall Springs』(バリントン・ステージ・カンパニー)など。

ミュージカル『BE MORE CHILL(ビー・モア・チル)』

2022年7月25日~8月10日 東京 新国立劇場 中劇場
2022年8月20日・21日 福岡 キャナルシティ劇場
2022年8月27日~29日 大阪 COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール

音楽/歌詞:ジョー・アイコニス
脚本:ジョー・トラックス
原作:ネッド・ヴィジーニ
演出:スティーヴン・ブラケット
振付:チェイス・ブロック
出演:薮宏太(Hey! Say! JUMP)、加藤清史郎、井上小百合、木戸邑弥、内海啓貴、斎藤瑠希、ダンドイ舞莉花、ラリソン彩華、ブラザートム、横山だいすけ
製作:TBS

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